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2002年の世界チャンピオンから10年 伝説のメンバーの現在

ペンタ・カンピアオン(Penta Campeão)とはポルトガル語で5度目のチャンピオンを意味する
2002年に5度目の世界チャンピオンになったメンバーたちって、あれから10年経つけど今どうしてるの?
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GKのマルコスは大会7試合に出場した。あの時代から2012年までパルメイラスでプレーしていたが現在は引退してサンパウロのクラブチームで仕事をしている。堅実な守備力をみせ”フェリペファミリー”の中心的存在の一人であった




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チームのキャプテンであったカフー。栄光の瞬間トロフィーを高く掲げ彼はこう叫んだ”愛してるよ、ヘジーナ”最愛の妻へ向けたメッセージだ。10年経った現在自身が設立したサッカースクールを経営している。オフィシャルに引退は宣言していないがどこのチームにも所属はしていない




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当時3バックのシステムを採っていたフェリペ監督。2002年の大会期間中にルッシオはセレソンのリーダー的存在になった。インテルを去り新天地を求めているがまだまだトップレベルでプレーできるだろう




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元パルメイラスのロッキ・ジュニオールは当時ミランでプレーしていた。パウメイラス時代のプレーが認められフェリペ監督から最も信頼を得ていた選手の一人であった。現在は引退しサンパウロの田舎のいくつかのクラブの経営に携わっている




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当時リヨンでプレーをしていたエジミウソン。ディフェンシブな布陣を置くフェリペセレソンの重要な役目を担う存在だった。幾度のケガによりセアラーのチームを去り、現在はサンパウロの郊外で引退生活をしている




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ロベルト・カルロスはサッカー史上最高の左サイドバックの一人だ。当時はレアル・マドリードでプレーをしており98年の雪辱を晴らすのに燃えていた。現在はロシアリーグのアンジFCでプレーをしており今シーズン限りで引退することになっている




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負傷したエメルソンの代わりにコリンチャンスのリカルジーニョが緊急招集された。現在は1995年自身がデビューした古巣パラナ・クルービでコーチをしている




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当時アトレチコMGからアーセナルへ移籍しようとしていたジウベルト・シウヴァの召集はブラジルプレスの間で疑問視されていた。そんな声の中フェリペ監督に起用された背番号8は大会期間中に全盛期を迎えることができた。35歳になった現在はグレミオでプレーしている




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怪物ロナウド!ケガの為大会での本領発揮が心配されていたが、リバウドとの最強ツートップで7試合8ゴールの大活躍を遂げた。現在は引退し2014年のブラジルワールドカップの組織員会の仕事に従事している




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当時バルセロナでプレーをしていたリバウドはキャリアの全盛期だった。いくつかの専門家はあの大会の最も偉大な選手はリバウドであったと指摘している。ロナウドと最強ツートップを組み7試合5ゴールの活躍を見せた




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ロナウジーニョのセレソン全盛期。当時パリサンジェルマンでプレーしていた。イングランドとの試合でスーパーゴールを決め、ロナウド、リバウドの最強コンピを良くサポートした。現在はブラジルのフラメンゴを退団しアトレチコMGでプレーをしている




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ジーダもまたセレソンのゴールキーパーの栄光の歴史の一部である。試合に出場しなかったもののマルコス、ジーダ、ロジェリオ・セニのキーパートリオのうちの一人だ。ミランを退団し2年のブランクの後、現在はブラジルサッカー界に復帰しポルトゲーザでプレーしている




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ベレッチも2002年優勝メンバーの一員であり大会期間中はカフーの代役を務めた。セアラーのクラブを最後に引退した後、現在監督になるための勉強中




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DFのアンデルソン・ポウガはポルトガルのスポルティングとの契約が終わって以来無所属であったが今はコリンチャンスにいてクラブワールドカップ来日メンバーとなっている




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最近フラメンゴを退団しバイーアと契約したボランチのクレベルソン。2002年から8年後の2010年の大会にも出場した




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パウメイラス、パルマ、サンパウロ、アトレチコMGと渡り歩いた元セレソンのジュニオール。現在は引退しベロオリゾンチに住んでいる。サッカー界から離れ、現在は市内南部にあるMes Amisというレストランを経営している




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デニウソンは現在引退し、バンデイランチ局のコメンテーターを務めている




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ヴァンペッタは現在引退しグレミオ・オザスコというチームの役員を務める傍らたまにテレビ出演もしている




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最終的に2010年に引退を決めたジュニーニョ・パウリスタは現在サンパウロ州の田舎のイトゥアーノというクラブの会長を務めている




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永遠の問題児エジウソンは現在引退しバイアーアのテレビ局のレポーターを務めている。”みんあの好きなエジウソン、みんなが欲しいエジウソン”のコーナーを持っている(笑)




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ルイゾンは現在引退し選手の代理人の仕事をしている




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2002年の第三ゴールキーパだったロジェリオ・セニ。しかしその実力はマルコスやジーダに引けを取らなかった。ジーダ同様試合には出場しなかったものの、フェリペ監督の最も信頼を受けていた選手の一人である。現在もサンパウロの正ゴールキーパーとして活躍している




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サンパウロの期待のルーキーであったカカ。そのポテンシャルを認められフェリペに召集された。決勝の舞台に出ると思われたが、交代前に試合終了のホイッスルが鳴る。現在はレアル・マドリードで不安定な時を過ごしていたが見事セレソンに復帰。これからの活躍が期待される



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フェリポンの愛称で知られるルイス・フェリペ・スコラーリ監督。スコラーリ・ファミリーと呼ばれる彼のチームは大会予選終盤の2001年に結成された。ロマーリオを召集しなかった彼のチームに国民は不安を抱いた。現在も現役監督でありマノ・メネゼス解任後にセレソンの舵をとることに。
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[ 2012/12/02 20:05 ] セレソン | TB(0) | CM(0)
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