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エジムンド アニマルと呼ばれた男の壮絶サッカー人生

かつては日本でもプレーをした悪魔の子ことエジムンド
が昨日引退試合やったみたい
えっ、今さら!?
そんな彼の波乱万丈なサッカー人生を振り返ってみよう!








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1992年ヴァスコで発掘され将来を期待された存在としてパウメイラスにたどり着いたエジムンド
その気質からサポーターからアニマルと呼ばれ期待を裏切らなかった。93年と94年に全国選手権と州選手権のチームの優勝に貢献

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95年”世界で一番の攻撃陣”を目指していたフラメンゴでロマーリオやサヴィオやらとプレー。その年の12月に3人の死傷者を出した自動車事故を引き起こす。99年に有罪判決が出て殺人容疑で4年6か月の懲役が言い渡される

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96年フラメンゴよりも低い年俸でコリンチャンスへ移籍
要は事故の為早くリオを抜け出したかっただけ

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しかしコリンチャンスのDFクリスとソリが合わず同年に今度はヴァスコへ移籍。翌97年ヴァスコは全国選手権優勝を果たす。このシーズンにエジムンドは28試合29ゴールという驚異的な数字を残し、それまでにヘイナウドが20年間保持していた記録を更新

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国内での活躍が認められセレソンに召集、98年W杯出場を果たす。キャリア唯一の大会でベベットとロナウドの控えとして大会に臨んだ。決勝でもしロナウドが欠場していたら代わりにスタメンになるはずだった

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98年の始めに900万ドルでイタリアのフィオレンティーナへ移籍。98-99年シーズンにチームは国内3位という輝かしい成績を残したが、エジムンドは優勝争い中にカーニバルに参加する理由で帰国したことによりチームメイトから痛烈な批判を受ける。ルイ・コスタやバティはオフィシャルでこれを批判した。そりゃそうだろう


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99年1500万ドルでヴァスコに復帰。2000年にはロマーリオと伝説のツートップを組みFIFAワールドクラブ選手権で大暴れ。決勝のコリンチャンス戦でエジムンドがPK大きく外しヴァスコは2位に終わる。同年のリオーサンパウロ杯でキャプテンマークをロマーリオに奪われたことに耐え切れずケンカ。ヴァスコを退団した。

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なんとエジムンドはサントスでもプレーしてたのだ!2000年中頃にレンタル移籍をする。しかしプレーしたのは僅か6ヶ月間だけ。給料支払いの遅れにブチギレしていた

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2001年はイタリアのナポリへ渡ったが活躍することはできず6ヶ月で退団。その後クルゼイロへ移籍。ヴァスコとの試合前のインタビューで”ヴァスコからゴールを決めたくないな。もし決めちゃってもパフォーマンスやりませんから”と衝撃発言。その試合でPKを故意に外しチームから追い出された。その後は当時降格の危機に陥っていた東京ヴェルディに加入し2002年の終わりまでプレーをする。

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2003年ヴァスコでプレー。しかし再びチームメイトのマルセリーニョとケンカして退団。2004年フルミネンセに雇われ再びロマーリオと一緒にプレー。期待通りの活躍はできず。


なんだかんだで古巣のパウメイラスに戻ってきた。フルミネンセ退団後ノヴァ・イグアスやフィゲレンセなどのB級球団でプレーしたにも関わらず、ビッグチームに戻れたのはそれらのチームより安い給料で契約したから。キャプテンとしてリーグ戦を闘ったがケガに悩まされタイトルは獲得できなかった

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2008年に確執のあったヴァンダレイ・ルシェンブルゴが監督に就任すると自動的にチームを去った。37歳キャリアの晩年に大好きなヴァスコへ。エジムンドの成績は数字からして決して悪くはなかったが、大事な場面でPKを外したりチームが2部へ降格したりいいことがなかった。またケガを悪化させない為に1週間に一度のプレーに制限されていた

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引退後はRede TVのコメンテーターに転身。現在は建設会社と経営しながらBandeirantes局にいる。2011年に16年前の交通事故の責任を問われパクられもしたがTVを通し遺族に謝罪をし、毎日苦しんでいたことを告白。再び人身保護法を受け弁護士も4年6ヶ月の禁固刑から救った

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[ 2012/03/30 09:53 ] エジムンド | TB(0) | CM(2)
Re: エジムンド アニマルと呼ばれた男の壮絶サッカー人生
壮絶過ぎますね!それでもプレーを続けられたのは必要とされるだけの技術があったのでしょう。
[ 2012/03/30 22:29 ] [ 編集 ]
Re: エジムンド アニマルと呼ばれた男の壮絶サッカー人生
>チレーノさん

キャラもあったでしょうね。ロマーリオのカリスマ性なんているだけで相手にとって脅威ですから。
[ 2012/03/31 04:56 ] [ 編集 ]
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