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ロマーリオ伝説15 マラカナンでSEXしたことある

前回のインタビューの続き

ソース→http://oglobo.globo.com/esportes/mat/2010/04/11/romario-transei-com-ela-no-vestiario-do-maracana-916313901.asp




記者:ホモセクシャルについてどう思いますか?

先生:そんなのがいるとは信じがたい。そんな奴は見たこともないし、その気があるやつとプレーしたこともない。しかし”あいつはオカマだ”とか人が言っているのは聞いたことがある。全く、それを言うだけなら簡単だよな

記者:マラカナンで女性とやったことは?

先生:あるよ。ロッカールームで

記者:どうやってやってのですか?

先生:一度試合後にドーピング検査のため待機していないといけないことがあったんだ。確かヴァスコに入ったばかりの頃でコリンチャンスとの試合だったと思う。小便をするのに時間がかかってしまってね。ロッカールームを出た時に当時の恋人が俺を待っていたんだ。それでシャワーを浴びるためにヴァスコのロッカールームに戻ったんだが、ドアには俺の服と警備員しかいなかった。彼女とマラカナンのロッカールームでやったよ

記者:ユニフォームとスパイク姿で?

先生:いや、いや シャワーを浴びてたさ(笑)

記者:女性に会う為に合宿から抜け出したことは?

先生:ある。97年ボリビアで行われたコパ・アメリカの時、初戦が終わってすぐに女と一緒に抜け出した

記者:94年ワールドカップの時はどのようでしたか?

先生:94年は抜け出していない。許可なしで宿舎から出たことはない

記者:女性を連れ込んだことは?

先生:ない

記者:コミッショナーは選手が抜け出さないために女性を宿舎に連れてくるのを許可したそうですね。それで20時~22時は許されていたとか

先生:妻や恋人や女友達が時々訪れてた駐車場はあったな。当時の女友達が1人、2人、3人来てたよ。しかしやましいことは何もやってない。もし休みがあったら出かけてたけどな

記者:グループでセックスをしたことは?

先生:プロとしてサッカーをはじめたのが1986年で二十歳の時。だいたい28歳までかな。一度ハメを外してとんでもないことをやったことがある。間違いだったとは思っていないし今はもうやらない。しかしその乱交っていうものには参加したことはある。体も心もささげてやるよりも、ドンチャン騒ぎしてバカをする方がずっと好きだったんだ(笑)

記者:それではそういうことを人に強制してやらせるのが趣味だったというのは本当ですか?

先生:そういう場面は何度もあったが、俺は本当は参加はしていない、ただ横ではやしたててただけだ

記者:なぜサッカー選手はセックスも含めて、なんでもかんでも集団でやるのでしょうかね?

先生:とりまきが大きいからな。女を捕まえるのはとても簡単なことだ。こういうことが好きなやつってはたまにいる。どのスポーツにも、どんな世界にもそういうことがあるということを知っておくといいだろう。アスリートは基本的に多くのことをグループでやるからセックスもやってしまうんだろうな(笑)

記者:ヴァグネル・ラヴがRochinha(スラム街)に、アドリアーノがChatuba(スラム街)に出入りしているというニュースについてあなたも同行したのですか?

先生:それはいい話題だな。俺はJacarezinhoで生まれた。今日ではみんなはあそこは町だと呼んでいるが、俺はスラムと呼ぶ方が好きだ。その方が感じがいいし正直だ。つまりはこうだ。必要な時にはいつだって行くさ。もうあそこに家族は住んでいないがアミーゴはいる。それほど頻繁には行かないが時々あそこで草サッカーだってやっている。ファンクが聴きたいと思えばアミーゴを連れてファヴェーラへ行く。そこで質問についてだが、俺は酒はやらないし、煙草も吸わない、薬もやらない、ギャングの銃も握らないぜ

記者:彼らがやったことは間違いですか?

先生:やつらについては何も言えないな。報道されている多くのことは信じていない。確実に何も問題は起きない

記者:ファヴェーラへ行く時何か心配事はありますか?

先生:車を降りる時、俺を待っているのは神父でもないし尼でもない。スラムの連中さ。やつらがすることは知ったことじゃない。やつらがもし近づいてきたとしたら、俺は銃を向けないでくれなどと頼むと思うか?誰が俺を待ち受けているかなんて全くわからない。もしピストルを5つ腰にぶら下げてるようなやつがいたら、そいつは有無を言わずに写真を撮ってくれと頼んでくるだろう。10枚は撮ってやるさ(笑)そしてそういう写真が次の日にインターネットに載ったりするんだろうよ

記者:アドリアーノが麻薬の売人の母親のバイクを運転していたことは間違いであると思いますか?

先生:何の話かよくわからんし、新聞に出ていることは信じていない。ここ最近ロマーリオに関するニュースの80%はデタラメだ

記者:サッカー選手はアイドルとして見本をしめさなければならないと思いますか?

先生:俺は実の子供にさえも何のお手本でもない。俺のことをわかってるやつは、いつもそう言っていたことを知っているはずだ。しかしアイドルとしできるだけ良いことをして、お手本になろうとしなくてはならないことはわかっている。しかし今はそれができる日や時間がない

記者:なぜですか?

先生:なぜならアイドルの前に人間だからさ。選手だってどこにでもいる一人の人間だ。アスリートが薬、煙草、酒をやりすぎるのは良くない。けどビールを飲んで酔っ払うことぐらいいいだろ?。誰でもやったっていい。なぜ選手だけやってはダメなのだ?全くばかばかしい話だ

記者:昨年末は人生で様々なことが起こりました。逮捕までありました。最近の調子はどうですか?

先生:いやー、本当はテレビや新聞で出てるニュースは本当の俺の生活ではない。なにやら俺がGolden Green(Barra da Tijucaに自宅マンション)をでなきゃいけないからって、支援を要求して歩きまわってるとまで言われているしな。マンションを出て行って母親の家へ住むのだとか。今ではそんなデマは気にしていないがな

記者:しかしあなたは今経済的に苦しい状態なのですか?

先生:今俺が破産してるとか言われているらしいがそんなことはない。おかげさまで俺の財産は順調だ。俺は稼いだ金は稼いだ地で使う。ブラジルで稼げばブラジルで使う。Cafe do Gol(リオにある先生が経営するナイトクラブ)のように事業に失敗したこともある。Cafe do Golのすぐ後に投資したBingoでもかなりの損失をだしてしまった

記者:不動産は持っていますか?

先生:いくつかはある。ただ言えることは俺の生活は安泰だ

記者:ホマリーニョやモニキーニャら、あなたの子供のことで、昨年養育費の問題で逮捕されたことにより何か関係が揺らいだりはしましたか?

先生:もちろん関係は揺らいだ。普通ではいられなかったよ。結局母親と一緒に住むことになったんだな?しかし全て元通りになるさ。モニキーニャは20歳でもう大人だ、世の中を分かっている。ホマリーニョは15歳でヴァスコとプロ契約を結んだ。我々の現在の関係は理想とは言えないな。しかしパーフェクトである必要はないんだ。結局問題はどこにでもあるってことさ。関係は変化しても俺の子供たちへの愛は変わらない。あまり頻繁に会うことはないがな。それが事実だ

記者:あなたとドゥンガはだいぶタイプが違いますが、どのようにしてアミーゴになったのですか?

先生:俺たちは1987年ヴァスコの時に知り合ったんだ。そこで俺たちは仲を深めたんだ。一度チームが得点を獲りまくっていてSão Januárioでミーティングがあったのを覚えている。RobertoとTitaが、俺の名前は挙げなかったが、”新人でもっと走らなきゃならねえやつがいる”と言ったんだ。ドゥンガはそれを遮って言ったんだ。ホマーリオの事を言っているのだとしたら、俺に彼の分まで走らせればいいんだ。なぜならホマーリオだけがゴールを挙げてたからな。とね

記者:セレソンでは?

先生:うーん、昔のことだな。何というか、直で言う仲だ。しかしお互いを罵りあって言い争いは何度もした。本気で侮辱し合った訳じゃないがな

記者:セレソンの監督としてのドゥンガをどう見ますか?

先生:いやー、俺にドゥンガについて俺の意見は参考にならないぞ。なぜなら監督になった時ほとんどの人が敵になったからな。しかし俺はいつだって奴を信じてたことは誇りに思ってる。奴はセレソンを知り尽くしている数少ない人間の一人だ

記者:ホナウジーニョ・ガウーショはどうですか?

先生:いやー、ホナウジーニョはミランでやっていることをセレソンでもやっている。きっとワールドカップでブラジルを救うだろう、彼はワールドカップへ行かなければならない。ホナウジーニョはワールドカップで敗北することも勝利することも既に知っている、全てを味わった選手だ。もし俺がドゥンガなら招集するだろうな。俺たちはカカーが恥骨炎であることは忘れてはならない。カカーが使えなくてもホナウジーニョがいるんだ。もしカカーに何も問題がなければ2人がいるんだ

記者:ドゥンガは誰か若手を連れていくべきだと思いますか?

先生:ネイマールだな

記者:あなたは数々の名言を残してきましたが、何か後悔していることはありますか?

先生:ない

記者:どの名言が一番お好きですか?

先生:お気に入りは”ペレ”と”宮廷のバカ者”だな。しかしあの時少し興奮してたことは認めるよ

記者:リハーサルをしてたのですか?それとも即興で思いついたのですか?

先生:即興だ。ペレの時は、やつが何かしら俺の事でばかげた事を言って、そのことについて訊かれていたんだ。頭に思い浮かんだことをそのまま発したのさ”ペレは黙っていれば詩人なのにな”ってね。そして”宮廷のバカ者”はOlariaとの試合の後のことだった。エジムンドが前の試合で”王様と王子様”とかしょうもないことを言っていたんだ。あれも即興だ

記者:クラブの指導者であることは気に入っていますか?

先生:始めはただ、亡き父のためAmericaを助けたかっただけだったんだ。すっかりとのめり込んでしまった。今じゃ俺の仕事と言える。俺の中ではしばらくはここAmericaにいるつもりでいるが、他のクラブからのオファーはすでに受けている。どこかは言わないが、1つはここリオのクラブ。もう一つは東北部のクラブだ

記者:なぜベベットはAmericaで監督としてうまくいかなかったのでしょうか?

先生:Americaを活気づけるために自らGuanabara杯を企画したが優勝できなかったことがあった。格下のOlariaに負けた試合後のこと、俺は主催者としてやつに言ったんだ。まったく面白くなかった。お前とは友達同士の関係でいた方がよかった。とね

記者:CBFが、1958年、1962年、1970年のワールドカップ優勝メンバーに賞金与えることを決めたことについてどう思いますか?

先生:おせーよ。世界チャンピオン全員に与えるべきだった。名前は言わないが94年の時の仲間で必要だったやつがいる

記者:しかし94年のメンバーは既に十分に稼いでいましたよね?

先生:よく考えろ。俺たちの世代は現金は稼いだ。しかしもし小切手ならば、俺たちは今より20%も稼いだんだぞ

記者:あなたはいつもペレやマラドーナと同等の位置だと言いますね

先生:もちろんだ

記者:あなたがた3人だけでしょうか?

先生:いや、まだホナウド、ジダン、ジーコがいる。ジーコは最後にランクインだ。なぜならワールドカップで優勝していないからな。やつは今まで俺がみた、クラブでプレーした選手としては一番だ。しかし自身のため、ブラジルのためにワールドカップでは優勝していない。こうしよう。ペレが一番だ

記者:ではメッシはそのグループにはいることはできますか?

先生:大丈夫だ。しかし7月の後(ワールドカップの結果)を見てみようじゃないか
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[ 2010/04/26 03:20 ] ロマーリオ | TB(0) | CM(0)
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