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ロマーリオ伝説14 またもや爆弾発言!

久々にホロマーリオ先生がまた一つ伝説を残してくれました

今週行われた「O GLOBO」のインタビューです

ソース→http://oglobo.globo.com/esportes/mat/2010/04/11/romario-transei-com-ela-no-vestiario-do-maracana-916313901.asp



記者:プロ生活で一番印象に残っていることは何ですか?

先生:とても大切にしてる時がある。1996年フラメンゴ時代無敗でリオのタイトルをとった時、ヴァスコ時代メルコスウ杯決勝でパルメイラスと対戦して、俺のハットトリックで逆転勝利した時、バルセロナでタイトルをとった時、しかし94年にドゥンガがワールドカップを俺に渡した瞬間以上のものはないな。プロ生活の中で最も重要で嬉しい事実だ

記者:それでは一番悲しかったことは?

先生:一番がっかりしたことは98年のワールドカップメンバーの落選。あの記者会見を開きたいと感じたあの瞬間だ。キャリアの中で最も悲しい瞬間だった。

記者:ジーコに悲しくさせられた時のことをきかせてください

先生:俺にとって落選の最大の原因はジーコだった。しかし何年間かたってやつがリオに来ていろいろと言ってきたことがあった。心を開いたね。やつが言っていたことの一つは落選は自分のせいではない、全てを自分に任されただけだということ。俺はやつに理由なしに怒り狂ってたんだってよ

記者:誰が一番の原因だったのですか?

先生:俺をワールドカップから追い出したのは監督だったザガロ、アドバイザーのAmerica Faria、最大の原因ドクターのLidio Toledoらだった。やつは全くデタラメの状態を発表した。そして再び正しい発表はしなかった

記者:あなたがフィジオテラピスタのNilton Petroniを連れていったがソリが合わなかった90年大会の事と何か似てますね?

先生:かもな。しかし俺たちははあれ以降はうまくやっていったんだ。落選の前日までLidioが最も応援してくれたしな。しかし俺を代表に呼ぶ前向きな声はなかったし、積極的なやつもいなかった。やつは大会までになんとか怪我を治したかったそうだがな

記者:94年に世界チャンピオンになりましたが、まだセレソンでまだやれたと思いますか?

先生:あと2大会はいけたな。98年と2002年だ。98年は落選のため出れなかった。2002年はフェリペ監督が俺が裏切ったとかいうデマを信じたのが原因だ

記者:何があったのですか?

先生:2つの話がある。1つ目は目の手術の事だ。2001年のコパ・アメリカに、俺は行きたくないと報道されていたが、本当はマジで手術しなければならなかったんだ。それでヴァスコのドクターClovis Munhoz眼科へ俺を連れて行き、やつは手術をしなければならないと言ったんだ。ところがそんなに緊急にやらなければいけない訳ではなかった。そんなことで練習に戻ったら、セレソンはもう出かけてしまっていたよ。

記者:もう1つの話とは?

先生:もう1つの話は俺がモンテビデオで行われた予選のウルグアイ戦の前にスチュワーデスとやっていたという話だ。ちなみに俺がフェリペ監督の元で出場した唯一の試合だ

記者:それでスチュワーデスとはやったのですか?

先生:それは2002年のことだ。今は2010年だ。そんなことがありましたとか言っていれば良かったな。しかし実際にはそんな事実はない。もしそれがそんなデマを信じたことが原因でワールドカップから外れたとしたら、俺は2回チャンスを逃したことになる。ワールドカップにも行かず、最高の女も抱かなかった

記者:キャリアの中で監督との関係とはどんなものでしたか?

先生:いやー、何人かの監督とはかなり問題があったな。しかしそれ以外の監督とは問題はなかった。例えばクライフとは一切問題はなかった。ジョエルとも決して問題になったことはない。オズワルド、エジーニョ、ジュニオール、そして当のパレイラとも何もない

記者:しかし誰が一番難しかったですか?やはりあなたに代表をあきらめさせたあの人ですか?

先生:俺を85年の世界大会前にUー20代表から外したGilson Nunesってのがいる。あいつとはどうもソリがあわなかったな。アドバイザーの言いなりのやつさ。遠征でコパカバーナへのホテルにいた時、俺とミューレルとデニウソンらが下を歩いていた女の子らにちょっかいを出していたんだ。ホテルの部屋にいきなり入ってきてミューレルとデニウソンが監督に現場を見られたんだ。俺はちょうどトイレに行っていてね。そしてなぜか結局俺だけが代表から外れたんだ

記者:ヴァンダレイ・ルシェンブルゴはどうですか?

先生:やつと一緒にやったのはわずか6カ月だけだ。あそこで俺たちは同じミスをした。世界チャンピオンになってリオへ戻っていた時、俺は28歳で何でも思い通りだった。そしてヴァンダレイもまた当時世界一の監督と言われていた。やつは俺と向き合いたかったのさ。他の誰よりも俺にかまってきた。お互いわがままなとこがあったんだな。やつは自身をダメにして俺も自身をダメにした。やがてはチームのフラメンゴもダメにしてしまったよ。

記者:では最悪の監督はだれでしたか?

先生:クラウディオ・ガルシアだ。こいつはクソだ。表現が悪くてすまない。汚い言葉を使うなと嫁から禁止されているんだが我慢することができない。本当にクソだったんだ

記者:なぜですか?

先生:なぜならやつは戦術を知らなかった。手法がなかった。選手に説明をすることができなかった。全くダメだ、間違った選手ばかりを使っていた

記者:サッカーでアミーゴはつくりましたか?

先生:最も関係が深かったのは昔のヴァスコの選手らだった。Mauricinho、Geovani、Paulo Roberto、Lira、そしてMazinho。今ではLeo Moura、Leonardo Inacio、Bruno ReisやAlex Diasらだ

記者:サッカーでアミーゴを作ることは難しいですか?

先生:正直なところ、本当のアミーゴはサッカーでは作っていない。しかしながらCelso Barrosだけが唯一サッカーで知り合ってアミーゴになったやつだ

記者:なぜそのようなのですか?

先生:なぜならサッカーでは、みんなどんな人物かを描けないモノに興味を持つだろ。誰も純粋に友達になろうとするやつなんていない。もしお前がトップに立った時、だいたいのやつは何らかしらの興味を抱いて近づいてくる。興味ももたずに近づいてくるやつはいるが、そういう訳ではなく奴らは俺のアミーゴになった

記者:チームメイトとやりあったことはありますか?

先生:もちろんだ。サンパウロとの試合中にピッチでAndoreiとやりあったことがあったろう。それと他にもやりあったのがJunior Baiano、Jorge Luis、Ronaldao、Savio、エジムンド・・・・

記者:彼ら全員に手は出したのですか?

先生:ああ。エジムンドに対しては手ではなかったがな

記者:Savioとのケンカはどのようなものだったのですか?

先生:こずいて平手を喰らわしてやった。Jorge Luisとロッカールームでやった時もそんな感じだった。Junior BaianoやRonaldaoもそんな感じだった。俺の周りはしょうもないやつばかりだったんだな。Jorge Luis、Junior Baiano、Ronaldao(笑)こいつらはダメだな

記者:喧嘩の元は何だったのですか?

先生:ストレスや、ついカッとなってやってしまったんだな。全部が敗戦の後だったかはわからないが・・・いすれにしても今では間違いなくそのようなことはしない。後悔しているか?と聞かれれば答えはNOだ。全く後悔はしていない。しかし今はやらない。心を入れ替えたよ

記者:監督に手を出したことは?

先生:いやー、Evaristo de Macedoにケンカを売られてマラカナンのロッカールームから呼ばれたことがあった。しかし俺は行かなかった。なぜなら俺はやつをぶち殺すつもりだったからな

記者:どのようにして終わったのですか?

先生:はやまるな!とやつに言ってやった。今日では友達だ。いい監督だった。俺が思う数少ない良い監督のうちの一人さ

記者:しかしなぜEvaristoは喧嘩をしたかったのですか?

先生:今は覚えてないね。多分やつが何かを俺に言ってきて俺が突き放したんだと思う。俺はやつは気に入っていたさ。この問題が俺たちを近づけたんだ。俺たちは他人に対してとても奔放だったな。やつは俺を何度も侮辱したが俺もやつを侮辱した。まあふざけあってだけどな(笑)

記者:どのようにしてエウリコ・ミランダと仲良くなったのですか?

先生:ヴァスコのトップにあがってくる時にエウリコと知り合った。給料をとりたてに行ってやつは俺に、払わないと思っていたか?ときいてきて、小切手を書いて俺によこしたんだ。俺は小切手を破って"あそこに入れろと、俺はお前の金が欲しんじゃない"と言った。欲しかったのは俺の金、ヴァスコが俺に支払わなければならなかった金だ。それから俺たちは友達になったんだ

記者:しかし今ではそんなに関係は良くないですよね・・・

先生:その通りだ。今の関係は昔のようではない。しかしそれでもまだ俺はかなりやつを尊敬してる

記者:ジーコとの関係は?

先生:やつが俺にとった行為はいまだに裁判で続いている。ジーコは俺をパーティーに招待してくれるという良い行いをした。そこで俺たちは話し合うようになった。ベベットがAmericaを出た時、代わりにEduを呼んだのだが、事前にジーコに電話をしてうまくいきそうか見てくれと相談したよ。ジーコは何も問題はないと言った

記者:あなたは20年以上プレーを続け今ではチームを経営しています。サッカーに派閥というのは存在するのでしょうか?

先生:いつだって人を買収したりする輩がいるのは知ってるだろ?それが事実なのは知っている。マフィアの賭け事に絡んでる選手を何人も見てきたようにな。78年ワールドカップでペルー対アルゼンチンのこともあったしな。もしそんな機会があったとしたら 人が俺は俺の生き様をグランドで魅せるだけだ

記者:サッカー界にドラッグは存在しますか?

先生:いやー、ドラッグはどこにでもあるよ。特にスポーツ界にはな。したがってサッカーの世界にもはるはずだ。相手の選手でみたことがある。そういうやつはいつも弱いチームの選手だ。ラリってるような明らかにおかしいやつをな

記者:つまり?

先生:瞬きしないで開きっぱなしの眼、かけた歯、90分間走り続ける。ボールが止まってもそいつは一人で走りまわてるんだ(笑)訳のわからん言葉でしゃべってたやつもいたな。

記者:誰かラリってる選手とプレーしたことは?

先生:誓ってないな

記者:コカインを使用した選手とも?

先生:みたことがない。PSVにいたやつで、マイナス10度の冬の日に、ハーフタイム中にウォッカを差し出してくるやつがいた。そんなものはうんざりだ。何度も陥れようとさせられたが決して飲んだことはない。膝を怪我してるやつがプレーを続けるため、痛みをとるために何かをやらかしてるのをみたことがあるが、それがドラッグなのかどうかは知らんな


続く 次回先生の口から爆弾発言が!?
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[ 2010/04/17 21:32 ] ロマーリオ | TB(0) | CM(2)
Re: ロマーリオ伝説14 またもや爆弾発言!
ロマーリオ大好きです。

この記事面白く拝読させていただきました。
しかし若い子(20代前半)は、ロマーリオ知らないんですよね
[ 2010/04/20 19:08 ] [ 編集 ]
>gauchaさん
こんにちわ、コメントありがとうございます! 
今の若い人達は、こんなカリスマ性をもったストライカーがいたことを知らないんですよね!
ロマーリオはプレイはもちろん、こういうインタビューでもファンを楽しませてくれるエンターティナーなので好きです。次回また衝撃発言があるので期待してて下さいね♪ 
[ 2010/04/20 21:22 ] [ 編集 ]
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