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伝説のドリブラーガリンシャ

ガリンシャ 

ポルトガル語風言ったらガヒンシャ

ブラジルでペレ級に称賛された選手の一人である

この愛称は15人いる兄弟の一人に命名されたもので、地元でよく知られている小鳥の名前である


本名Manuel Francisco dos Santos (1933年10月18日、リオデジャネイロのPau Grande生まれ)

1958年、1962年のワールドカップ連覇に大きく貢献した

特に1962年大会ではペレがケガで欠いたセレソンの中心選手として活躍した

55年から66年の11年間、60試合セレソンでプレーし、そのうち負けたのはわすか1試合(66年のW杯 ハンガリー戦 1-3)

ですが

ペレとガリンシャがピッチにいたセレソンは負けたことがない!

そうです

ガリンシャの最大の武器は、予測不可能な独特のドリブルであり、その秘密は「曲った天使の脚」と言われる彼の脚にあった

彼の左足はなんと右足よりも6センチほど長く、X脚の形をしていたのである↓

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彼の足について「孤独なスター ガリンシャと言う名のブラジレイロ」という伝記に”生まれ付き曲っていた”と記されているが、”小児麻痺の後遺症のため曲ってしまった”などと諸説あり定かではない

14歳で地元のクラブチームでプレーを始め早くもその才能を開花し、即座にSerrano Football Clubへ引き抜かれる

このSerrano Football Clubでプレーした後、ボタフォゴへ移籍するのだが、どのようないきだつでボタフォゴのテストを受けるに至ったのかは不明になっている

しかしガリンシャは紅白戦の始まって直後、ニウトン・サントス(ペレと一緒にワールドカップに4回出場したすごい人)をドリブルで抜きまくって周囲を驚かせる


私生活では幼馴染の恋人のNairと結婚し8人の子供をもうけるも、後にブラジルで有名な歌手のElza Soaresと結婚し一人の子供をもうける。その後もう一回別の女性と結婚する

晩年はアルコールに溺れ、83年1月20日、月曜日の早朝に道端で野たれ死んでいるところを発見されその生涯を閉じる



現代サッカーじゃ無理だろうけど、こんなおもろいプレーする人いませんよ!
[ 2009/12/14 04:40 ] ガリンシャ | TB(0) | CM(0)
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